能動と受動と「中動」
読売新聞をずっと取っているのですが
日曜日は読み応えがあります。
毎週、興味深いのは「あすへの『考』」
1面丸ごと使って、結構硬派なインタビュー記事です。
今日は、雑誌「精神看護」を発刊している「医学書院」編集者の白石正明氏
(余談ですが、新聞に掲載されているお写真、眼に輝きがあり64歳とはとても見えません)

その記事の中で「中動態」のお話がありました。
「中動態」?
初めて聞いた言葉です。
哲学者 國分功一郎さんの「中動態の世界」という本に書かれている言葉で
古代ギリシャ文法には
「能動態」「受動態」の他に
「中動態」というのがあったそう。
例えば「惚れる」
これが中動態 なんだそうです。
自分で意図して惚れているのではないから、能動ではない
では、受動?
いやいや、その人から
「惚れろ」と言われて惚れてる訳じゃない。
おのずと自分のうちから湧き上がってくる感情
それを「中動」というのだそう。
最近は、なんでも意思が評価され
「意思」的に個人の能力を高めることが評価される。。でも、この「中動」という切り口で見たら
もっと違う価値観が見出せるのでは。。。
というお話でした。
非常に興味深く、もっと知りたい
そう、思わせる記事でした。